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韓国大統領選挙に見る「排除と抑圧」の台頭【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」54

韓国大統領・ユン・ソンニョルは、非常戒厳を宣言するも解除し、国民へ謝罪した(2024年12月7日)

 

◆韓国の政治情勢は複雑怪奇

 2024123日深夜、韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は突如、「国民の自由と幸福を奪い取る反国家勢力を一掃し、自由な憲法秩序を守る」として非常戒厳を宣言しました。

 「今や韓国は危機的状態に陥っており、いつ崩壊してもおかしくない」のだとか。

 

 けれどもくだんの非常戒厳、一切の政治活動の禁止、メディアの統制、「社会的混乱を煽る」集会の禁止など、国民の自由を全面的に制限するもの。

 反国家勢力の筆頭に挙げられたのも、左派系の最大野党「共に民主党」でした。

 韓国では19876月に「民主化宣言」が出されるまで、長らく権威主義体制が続いていましたが、ユン大統領の非常戒厳は、そのような政治システム(わけても1970年代の「維新体制」)への回帰をめざすものだったのです。

 自由な憲法秩序も何もあったものではない!

 

 はたせるかな、国会がただちに解除要求を決議したこともあって、大統領はわずか数時間で非常戒厳を解除。

 1214日には、やはり国会から弾劾までくらいました。

 

 その直前、121012日に韓国ギャラップが行った世論調査では、弾劾に賛成と答えた者が75%にのぼりましたし、弾劾決議案の採決にあたっては、保守系の与党「国民の力」からも賛成票を投じる議員が出ています。

 大統領の支持率は、就任以来最低となる11%

 「国民の力」の支持率も、11月末の32%から24%に急落しました。

 ちなみに「共に民主党」の支持率は、このとき40%です。

 

 そして202544日、憲法裁判所が全員一致で弾劾を妥当と判断したことにより、ユン大統領の罷免が決まりました

 これに伴い、6月に大統領選挙が実施されることに。

 有力候補と目されたのは、「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)前代表と、「国民の力」のキム・ムンス(金文洙)前雇用労働相ですが、序盤からイ候補がリード、当選を果たしました。

 

 保守系の大統領が暴走のあげく自滅、左派を利する結果となった。

 ごく大まかにまとめれば、そういう話になるでしょう。

 けれども、事はそう単純ではありません。

 

 20251月、ユン大統領の支持率はV字回復したのです。

 韓国の「世論評判研究所」が同月半ばに行った調査では、大統領を「非常に支持する」と答えた者が42%、「支持するほうだ」と答えた者が10%と、あわせて50%を超えました。

 韓国ギャラップが同時期に行った調査では「国民の力」の支持率も39%まで戻し、「共に民主党」の36%を上回っています。

 世論調査会社「リアルメーター」など120日、「国民の力」の支持率を46.5%(「共に民主党」は39%)と発表。

 おっと、遅まきながら大統領の憂国の情に共感したか?

 

 ・・・ところがギャラップの調査では、このときも57%の人が弾劾に賛成しているんですね。

 「共に民主党」の支持率も回復、1月下旬にはふたたび「国民の力」を上回りました。

 リアルメーターが3月末に発表した調査では、「共に民主党」47.3%、「国民の力」36.1%となっています。

 

 調査元がさまざまなので、数字を直接的に比較することはできないとしても、相当に複雑怪奇というか、収拾のつかない状態なのは明らか。

 いったい、何が起きているのか?

次のページ分断が生み出す〈排除の誘惑〉

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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